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エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の『高まる二次予防の重要性:アジアにおける心血管疾患医療の現状・課題』がこのほど公表されました。アムジェンの協賛を受けて制作された本報告書は『The Cost of Silence: Cardiovascular Disease in Asia 』(2018)に続くシリーズ第2弾です。アジアの専門家15名に詳細な聞き取り調査を実施し、心血管疾患(cardiovascular disease = CVD)の二次予防に関するスコアカードを作成。CVDの二次予防がアジア太平洋地域(オーストラリア・中国・香港・日本・シンガポール・韓国・台湾・タイ)の医療体制にもたらす負担と、政策的対応について分析評価を行いました。今回は、10回シリーズの第8回目として、「ケアの質向上に向けた優先課題(1)エビデンスに基づく政策立案の推進/包括・連携医療」について、ご紹介します。
今回調査対象となった国と地域は、CVDがもたらす負担への対応と二次予防という面で、3つの優先課題に直面しています。
エビデンスに基づく政策立案の推進
<患者レジストリ>
患者レジストリの構築を通じたデータ・知見の蓄積は、再発リスクの高い患者さんの特定やCVDの予防対策推進に欠かせません。「政策の効果を評価するためには、良質のデータが欠かせません」とHeart Support Australiaのプログラム統括責任者 兼 シニア・クリニカルサイエンティストのKhan氏は指摘しています。全ての調査対象国は、脳卒中・心筋梗塞に関する国・地域レベルの患者レジストリを整備しています(香港の場合は病院ベースのレジストリを保健省と共有)1。しかし今回の調査結果では、国と地域によってデータの範囲・質に大きな差が見られ、最も有用性の高いポピュレーションベースの包括的CVDレジストリは、ほとんど整備されていないのが現状です。またレジストリが存在する国と地域でも、収集されたデータがどのようにして医療政策あるいは医療現場に活用されているのかが、多くの場合明確ではありません。調査対象国・地域でもう1つの主要死因となっている“がん”と比較すると、取り組みの遅れは顕著であり、がんへの取り組みから学べる点は多くあると考えられます。
限定的な患者レジストリを駆使している日本には、脳卒中・心筋梗塞の患者8,093人を対象としたJ-TRACE2、50拠点からデータを収集する急性心筋梗塞レジストリJAMIR3、急性虚血性脳卒中患者8万人のレジストリJSSRS4という3つの患者レジストリが並行して存在します。これらの患者レジストリは、リスク因子・治療薬の利用状況・人口動態に関する様々なデータを照合し、心血管の罹患率や高リスク患者の治療状況に関する情報を提供することを目的としています。順天堂大学 保健医療学部長の代田氏によると、2018年に成立した脳卒中・循環器病対策基本法を契機として、心疾患・脳卒中の治療支援を目的とした患者レジストリ一元化の機運が高まっています。しかしその実現のためには、患者さんによる年1回の病院検診・情報更新が必要だとしています。
<政策評価の必要性>
アウトカム・データを活用し、CVDの治療体制を向上するためには、国レベルの政策評価・データ公開が欠かせません。今回の調査結果では、対象国・地域ではこうした取り組みがほとんど行われておらず、何らかの仕組みが存在する国もオーストラリア・韓国の2国にとどまっています。
オーストラリアは、医療安全性・品質委員会 (Australian Commission on Safety and Quality)が急性脳卒中の治療水準を定め、州レベルで診療評価プログラムを実施しています5。また脳卒中基金(Stroke Foundation)も、脳卒中のリハビリテーションを対象とした全国規模の評価プログラム(National Stroke Audit Programme)を実施しており、改善が求められる分野や対応策に関する提言を行なっています6。一方韓国では、心疾患患者を対象とした治療・アウトカムの評価制度が設けられています7。しかし盆唐ソウル大学校病院 リハビリ医療部 准教授のKim氏によると、「心疾患・脳血管疾患予防法は、日常レベルの治療環境向上に役立っていない。二次予防プログラムの効果に基づく医療機関の監査・評価といったさらなる施策が必要です」と、この取り組みが必ずしも二次予防の強化につながっていないと指摘しています。
<エビデンスに基づく診療ガイドラインの重要性>
香港を除く全調査対象地域にはCVDの診療ガイドラインが存在します。しかしその対象となる領域は、国と地域によって異なります。例えば中国の診療ガイドラインは脳卒中の二次予防に特化しており、心筋梗塞は対象外です。シンガポールでは、脳卒中の管理・二次予防に関するガイドラインが2009年以降更新されていません8。台湾では心筋梗塞向けのガイドラインが打ち出されており、2012年に発表された脳卒中診療ガイドラインも2016年・2019年に改正されました。一方タイは、脳卒中向けガイドラインを出しているものの、心筋梗塞・CVD二次予防に関するガイドラインは見られません。エビデンスに基づく診療ガイドラインの構築には、ステークホルダー(専門家・一般市民・患者など)による関連エビデンスの体系的検証が求められ、長い時間と膨大なリソースが必要です。そのため経済的に余裕のある先進国でないと、幅広い疾患を対象とした診療ガイドラインを整備するのが難しいのが現状です。しかし医療先進国にも課題はあります。シドニー大学 医学部教授 兼 ウェストミード応用研究センター ディレクター オーストラリア・ニュージーランド 心臓協会 次期会長のChow氏は「診療ガイドラインを構築し、二次予防の進める上で大きな課題となるのは対象範囲の重複です。一元化も理論的には可能だが、CVD予防に複数領域が関わることを考えれば現実的ではありません。二次予防に特化したガイドラインを作成するべきか、既存ガイドラインの統合を進めるべきか、あるいは電子医療記録の活用を進めるべきか。専門家によって意見が分かれているのが現状です」と言っています。
専門領域に診療ガイドラインが存在しない場合、医療従事者はACC・ESCといった国際的ガイドラインを活用することが多い。香港心臓専科学院 学長のChan氏は、「(ガイドラインが存在しないからといって)一次・二次予防が軽視されているわけではありません。しかしアジア全体でケアの標準化を図り、連携を通じた質向上の取り組みが必要です。ヨーロッパ・米国で導入されているようなガイドラインは、アジアでも実現可能なはずです」という見方を示しています。
包括・連携医療
<包括・連携医療モデルと組織の壁>
CVDなどの複合疾患では、複数の専門医によるチーム医療の実践が重要です。その鍵を握るのが包括・連携医療です。包括医療はプライマリケア、コミュニティ・ケア、集中ケアサービスの連携を強化し、医療アクセスの向上や不必要な入院の回避などの効果をもたらします9。しかしこうした取り組みは、組織の壁に阻まれることも多く「連携医療は、伝統的な人間関係の上に成り立っており、昔は心臓外科医と総合診療医がお互いに顔見知りだったが、医療体制の拡大・複雑化によってこうした関係の維持が難しくなっています」とChow氏は指摘しています。
多くの国と地域では包括医療の重要性を認識し、大なり小なり実現に向けた政策を打ち出しています。例えばオーストラリア・日本・シンガポール・台湾・タイは、(CVDに限らず)長期ケアを対象とした包括医療プログラムを推進しています。香港・韓国も戦略の一環として包括医療の重要性を謳っていますが、慢性疾患やCVDに特化した政策は存在しません10。中国は包括医療改革中ですが、脳卒中・心筋梗塞の統合ケアパスが存在するにもかかわらず11、実施状況は自治体によって差があります。医療費支払いの仕組みや情報システム支援の不備といった課題も、包括医療の実現を困難にしています12。
今回行った有識者への取材からも、包括医療の推進にまつわる様々な課題が浮き彫りとなっています。特に重要なのは、分野を超えたデータ共有・疾病レジストリの構築・慢性疾患管理に向けた治療研修に不可欠な電子医療記録の活用です13。シンガポールはこの分野で大きな成功を収めていますが、香港・中国・オーストラリアは依然として多くの課題に直面しています。「(オーストラリアが抱える)問題の1つは、医療分野によって財政を管轄する省庁が違うことである。建国の歴史・憲法を背景としたこの仕組みは現在大きな足かせとなっています」と指摘するのは香港心臓専科学院 学長のStuddert氏。この問題を解消するため、同国政府はプライマリケアのネットワーク構築、地域医療の権限を持つ組織の設置を進めています。Khan氏によると、オーストラリアでは患者1人あたりに割かれる診察時間が限られている点も課題であり、「国レベルのデジタル化プログラムや医療サービスの統合を進めています」と言います。一方、中国が直面する課題は、プライマリケアの枠組みの中でCVD二次予防体制を整備することである。中国医学科学院阜外病院 心疾患臨床研究センター 准教授のLiu氏によると、「2015年以降、中国では一次医療・二次医療が互いに病院を紹介する仕組みが導入されているが、まだ取り組みは始まったばかりです」と言っています。Chan氏によると、「香港では二次医療の多くが公共病院によって提供されている。治療は患者の容体が安定した時点で総合外来診療所へ引き継がれるが、両者間の連絡がその後途絶えることも珍しくない。連携の円滑化は大きな課題」と香港でも医療サービスの統合が大きな課題となっていると指摘します。
一方、代田氏によると、「日本が抱える課題は一次医療・二次医療・三次医療の連携を体系的に実現する仕組みの構築であり、政府は地域包括ケアシステムの実現を目指しており、広島県で数年間にわたる実証実験を行ってきました」と言います。
人口の高齢化を背景に、韓国でも長期ケアサービスの統合と合併症の効果的管理に対する関心が高まっている。「介護保険制度を通じた高齢者支援や、地域医療機関の連携を通じた効率的な疾病管理体制の構築といった取り組みが行われています」と語るのはKim氏。
CVD包括医療の実現に向けたシンガポールの取り組み
患者ニーズを軸とする医療連携の促進は先進国をはじめとしたアジアの共通課題です。シンガポールが現在進めている取り組みは、多くの国に示唆を与えるでしょう。
同国の医療制度には、包括医療の推進を後押しする様々な強みが存在します。国立シンガポール大学心臓センター心臓リハビリセンターのディレクターTee Joo Yeo氏によると、特に優れているのはプライマリケアの質の高さと提供体制。同氏はその例として心筋梗塞発症後の治療アプローチを挙げます。患者の容体が安定し、退院可能になった後もプライマリケア制度を通じた病状管理が継続的に行われます。「こうした取り組みが可能なのは、治療薬や評価ツールが充実し、二次予防の仕組みが確立されているからです」と言います。またYeo氏によると、複数の疾患を合併している患者には再入院先の紹介制度が整っています。複数の医師・病院が治療に携わる場合も、国が一元管理する電子医療記録データベースを通じて検査結果などの情報が共有されるため、一貫性の高いケアが行えます。
しかし二次医療機関からプライマリケアへの患者引き継ぎは依然として大きな課題です。シンガポール国立心臓センター シニア・コンサルタント シンガポール国立大学医学大学院 教授のLam氏によると「現在の仕組みでは十分なケアを受けられない患者もいます」と指摘します。国立大学病院システム(National University Health System = NUHS)は、こうした事態を防ぐために転院プログラムCareHubを構築し、CVDの医療連携で大きな成果を上げています。入院時にコーディネーター(通常は診療看護師)が割り振られ、患者・家族とのコミュニケーションを担当します14。コーディネーターは、医師・看護師など、各分野の担当者と 1日に一度ミーティングを行うのが決まりです。この仕組みによって、患者の医療・社会心理学的ニーズを反映した包括的・個別的な治療計画が実現できるだけでなく、退院前に医師・看護師が患者・介護者と共有すべき情報も明確化できます。
またコーディネーターは、容体・投薬状況・体調などについて退院後48時間以内に患者と話し合う仕組みとなっており、必要に応じて地域内の非医療サービス機関を紹介。合併症患者向けには、診察日・時間をまとめ、来院回数を減らすサービスも提供している。患者は症状の深刻度に応じ、コーディネーターと退院後6カ月間に3〜6回コミュニケーションを取ることができます。
シンガポールでは、バイタルサインや症状、投薬の管理を目的とした訪問診療サービスも整備されており、社会心理面でのサポートも提供されます。こうした機会の他にサポート・問い合わせが必要な場合、患者・介護者は24時間体制の支援センターに連絡を取ることができます。
患者の相談内容は、各分野の担当者が参加するミーティングを通じて病院内で共有されます。コーディネーターは退院後のサービス提供で中心的役割を果たし、治療・来院スケジュールなどあらゆる事柄について患者とのコミュニケーションの接点となっています。こうした仕組み自体は、患者の長期的治療アウトカム・医療制度の両面で、実質的かつ評価可能な効果をもたらしていることは間違いなく、取り組みの積み重ねが生み出したイノベーションと言えます。NUHSは2015年、この仕組みを部分導入する実証実験を行い、その結果、6カ月以内に緊急治療を行う心不全患者の割合が当時の平均値よりも27%減少、再入院率は38%減少、緊急来院率も40%減少しました15。またNUHSは、2017〜18年にもさらなる実証実験を実施し、CareHubとの比較検証を行いました。その結果によると、CareHubでは退院後6カ月以内に緊急再入院するCVD患者の割合がさらに39%減少、緊急再来院率も56%減少。患者の不安・うつ度にも(特に合併症など治療の難しいケースで)減少しました。また既存の治療アプローチと比較し、患者1人あたりの初期治療コストが950米ドル減少するなど、大きな医療費削減効果も確認されています16。
こうした大きな成果を踏まえ、NUHSはCareHubの仕組みを他の疾病領域でも導入しています17が、CVDが取り組みの優先領域となることは変わりません。シンガポールの経験が示すように、患者さんの治療アウトカム向上と医療費削減は両立可能な目標なのです。
REFERENCE:
エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の『高まる二次予防の重要性:アジアにおける心血管疾患医療の現状・課題』の全編はこちらからご覧ください。